ちゃんと見といて。まだ私といる景色を。
あらすじ:16歳、茨城の田舎町に住む女子高生カップルの仁美と菜穂。アイドルになることを夢見る菜穂を、仁美は献身的に支えていた。ある日、菜穂から「K-POPアイドルになるため韓国に行く」と告げられ、2人に突然の別れが訪れる。
ドラマ「御上先生」「DOCTOR PRICE」のほか映画『消滅世界』公開も控えるなど話題作への出演が続く蒔田彩珠が主演を務め、ドラマ「顔に泥を塗る」や『青春ジャック 止められるか、俺たちを2』などで注目を集める碧木愛莉と共演。近年は主に脚本家として活動している洪先恵(ホン・ソネ)の自らの体験に基づく初監督作品『サラバ、さらんへ、サラバ』。各国の映画祭に多数選出され、韓国・第13回ディアスポラ映画祭では観客賞を受賞するなど高く評価を受けてきた本作が短編映画ながら異例の単独劇場公開を果たす。
蒔田彩珠(まきた・あじゅ)/広瀬仁美
2002年生まれ、神奈川県出身。映画『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』(湯浅弘章監督)で初主演。以降の主な出演作に『万引き家族』(是枝裕和監督)、『#ハンド全力』(松居大悟監督)、『星の子』(大森立嗣監督)、『朝が来る』(河瀬直美監督)、『Pure Japanese』(松永大司監督)、『ハピネス』(篠原哲雄監督) 、Netflix「クレイジークルーズ」「舞妓さんちのまかないさん」「忍びの家 House of Ninjas」、NHK「わたしの一番最悪なともだち」、TBS「妻、小学生になる。」「御上先生」、読売テレビ「DOCTOR PRICE」など。2025年11月には主演映画『消滅世界』(川村誠監督/原作:村田沙耶香)が公開を控えている。
碧木愛莉(あおき・あいり)/外山菜穂
2001年生まれ、千葉県出身。これまでの主な出演作に、『福田村事件』(森達也監督)、『痴人の愛 リバース』(宝来忠昭監督)、『青春ジャック 止められるか、俺たちを2』(井上淳一監督)、『九十歳。何がめでたい』(前田哲監督)、Netflix「恋愛バトルロワイヤル」、テレビ朝日「顔に泥を塗る」など。2022年の「POPEYE」ガールフレンド特集では巻頭のメインキャストとして登場。特技はバレエ。
脚本・監督:洪先恵(ホン・ソネ)
1996年生まれ、韓国出身。韓国芸術総合学校映画学科に入学後、日本映画に関心を持ち、日本映画大学脚本コースに編入、卒業。長編脚本『富士山がついてくる』が、第32回新人シナリオコンクールを受賞。レズビアンとして学生時代を過ごした自らのセクシュアリティと実体験をもとに描いた本作で初監督を務める。
<監督コメント>
いつの間にか終わってしまった初恋を思って作った映画です。同性の相手に長い間片思いして、やっと両思いだと分かった途端、ケンカも、話し合いもできないまま、親同士の話し合いだけで無かったことにされてしまった記憶。その記憶は29歳の今になっても、解決できないモヤモヤとしてまだ私の中に残っています。だからこそ、本気で別れに向き合う女の子たちを描きたいと思いました。ダサくても、汚くても、二人にとっては真剣な、自分たちで決めた別れです。映画を観てくれる皆さんも、自分の真剣だった恋を思い出して欲しいと思います。
2026年
- 東京1月9日(金) 〜
2025年(上映終了)
- 東京9月26日(金) 〜
- 神奈川9月26日(金) 〜
- 大阪9月26日(金) 〜
- 福岡9月26日(金) 〜
- 東京10月10日(金) 〜
- 愛知10月10日(金) 〜
- 北海道10月17日(金) 〜
- 栃木10月17日(金) 〜
- 栃木11月7日(金) 〜
- 東京11月14日(金) 〜
- 兵庫12月13日(土) 〜
1.85:1 / ステレオ / 26min / 配給:イハフィルムズ
© テレビマンユニオン
港岳彦(脚本家)
愛し合うふたりの前に立ちふさがる、
愛、排除の理不尽な大人社会〈アイドル産業〉。
愛を捨て、夢のために飛び込みたい菜穂と、
愛にとどまりたい仁美。韓国から廃ペットボトル製のロケットに跨り飛んできた、
愛の伝道師・ほんソネ氏の才気煥発な26分。傑作だったわ!
金子由里奈(映画監督)
空気は映像に映らない。
でも、『サラバ、さらんへ、サラバ』。 このタイトルの隙間や、小さなげっぷ、ペットボトルの中にも、二人が吸って、吐いて、心臓をめぐったこの街の空気がたしかにあった。 ふたりだけの切実な儀式を映画がおおらかに抱えているようだった。
佐々木ののか(文筆家)
誰にも触れることすらできないはずだった“私たち”の絆。
そこに無情にも介入してくる社会の暴力性を前に、二人は別れを決意する。
傷つけ合いながらも、自分と、相手と、過去と向き合う。
別れ方を模索する過程は、二人の関係を彫刻していくようだった。
自分たちにはどうしようもできない理由で別れることはある。
しかし、別れのかたちは“私たち”の手で作り上げることができるのだ。
竹中万季(編集者)
彼女たちの関係を、誰にもなかったことになんかできない。かっこ悪くても恥ずかしくてもいいから、はじまりだけじゃなくて別れだって自分たちで決めたいよねという直向きさに、私はこんなふうに別れと向き合えてこれた?と、過去の自分を思わず振り返りました。今この世界を生きているどんな関係性の二人も、別れを誰かに奪われるなんてことがなくなりますように。そう祈りたくなる。
丘田ミイ子(文筆家)
人を好きになること、その人もまた自分を好きでいてくれること。
たとえその先に別れがあったとしても、どちらともなく互いの頬に触れ合ったあの瞬間の煌めきを、どこからともなく二人の肌を包んだあの光の眩しさを、わたしたちは、あなたたちは、到底忘れないだろう。茨城で暮らすひと組の女子高生カップルが、煌めく眩しい“今”を生きていた。青い靴紐、青い炭酸水、その向こうに抜けるような青い空。それでも私には、田んぼの中で二人が立てた濁った水しぶきこそがもっとも蒼く、透き通って見えた。私はそれをちゃんと見ていた。
山田由梨(作家・演出家・俳優)
別れはどうしようもなく寂しく悲しいものだけど、わたしはこの2人を画面越しに見ながら微笑んで、涙ぐんで、でもやっぱり微笑んでた。日本の、茨城の、高校生の、レズビアンカップルを描いたこの映画があってよかったと思う人がたくさんいるはずだし、見て欲しい大切な人の顔が浮かんだ。
イシヅカユウ(モデル・俳優)
別れのとき、さびしいより、悲しいより、かっこつけたい。みんな綺麗にいなくなろうとしたり、かっこよく思い出と一緒に空へ飛んで行こうとしたり……だけど大抵かっこ悪くて、ドロドロで、でも清々しくて、大嫌いで、愛していて。綺麗に終わらない。だからこそ、きっと何かがその先に続いていく。
2人らしく生きている姿をもっとみたい。現実はまだまだ、必ずしもそうできるとは限らないから。
ハン・トンヒョン(日本映画大学教授)
戸惑いながら未知の世界へ飛び立とうとする菜穂を前に、田舎のまんなかで、「사랑해」の向こう側へ飛んで行こうとジタバタする仁美。
やはり戸惑いジタバタしながらここに飛び込み、ここへ飛び越えてきた洪先恵(ホン・ソネ)監督が、今ここで描く物語だからこそ、それは「サランへ」ではなく「さらんへ」なのだろう。
愛と夢、そして理不尽な現実の前で、戸惑いジタバタしながらも、「サラバ」だって自分の手でしたいのだ。
蘇育賢 スー・ユーシェン(映画監督)
山形国際ドキュメンタリー映画祭2025 インターナショナル・コンペティション 『公園』
この作品に漂う、自然でありながらも独特な空気感がとても好きです。舞台となる町にも不思議な魅力があふれ、まるで作品そのもののように、想像力に満ち、私たちの想像をやさしく受け止めてくれる。
私たちはこの世界と、まだどんな関係を結べるのだろう。──たとえ受け身に見える環境であっても、誰かを愛おしく想うまなざしを通すことで、心を動かし、憧れを抱かせる世界が広がっていることに、この作品は気づかせてくれる。
また、人生のどんな時期にあっても、どれほどの不安や苦しみに向き合っていても、私たちはもしかすると、ほんの少しだけ踏ん張る力を持てるのかもしれない。──常識や必要性から少しはみ出した、一見ささやかなその力で、自分の歩んできた道を静かに讃え、失われてゆくものに、かけがえのない愛と祝福をささげる。──そんな営みこそが、「映画」なのかもしれない。
Yuka Sawaguchi(The Breakfast Club 代表)
靴ヒモさえも愛しい。多感で不器用で、エネルギッシュで優しさや不安定さに溢れていた頃。とにかく愛が丸ごとすべてだった。二人のまっすぐさに、思いきり、あの頃を思い出しました。素敵な物語でした。
足立紳(脚本家•映画監督)
この映画と似たようなテーマの映画やドラマは星の数ほどあるのに、胸に迫ってくるものはその中のごくわずかしかない。作り手と演じる俳優がとことん誠実に作品に向き合っているからだろう。大切な人との人生の分岐点での別れが、そんな経験もないくせに、自分事のように胸に突き刺すような痛みとなって伝わってくると同時に、でも人を愛することはどうしたって素晴らしいことなのだという爽快さにもまみれ、間違いなく明日を生きる活力になる映画だった。
暉峻創三(映画評論家)
タイトルが示唆しているように、これは別れについての映画だ。それにしても何という別れ方だろう。映画史が繰り返し飽くことなく描いてきた別れの場面。その中でもこれだけは絶対に、永遠に、誰もが忘れられないだろう別れ方だ。愛することの喜び、切実さ、悔しさ、惨めさ。そして相手への感謝、相手の将来の幸せを祈る気持ち。それらすべてがないまぜになったものが、徹底した肉体のアクションを通じて鮮烈に表現されている。